
ホストの下積み。それは夢を語る場所ではなく、何も語らずに耐える場所だ。
国見が最初に働いたのは、歌舞伎町のはずれにある雑居ビルのバーだった。
看板もなく、もちろん昼間は鍵さえ閉まっている。
「ここ、ホストクラブじゃないよ。バーだよ」
そう言ったマスターは、酒より煙草の匂いの方が濃いような男で、
カウンターで寝たまま朝を迎えるのが常だった。
給料は出ない。あるのは、寝床と皿洗いだけ。
しかし国見は、この環境を「チャンス」と考えた。
「ホストになりたいなら、酒を知ることから始めろ」
そんな誰の言葉でもない言い訳を、胸の中で繰り返す。
ホスト下積みの日々と、裏社会での試練
一方で東條は、裏社会の下っ端として雑巾を持っていた。
もちろん組の名前も教えられず、何も知らぬまま床を磨かされていた。
「お前、誰の紹介で来たんだ?」
「……聞くなって言われました」
そんな返事しかできない東條に対し、先輩は鼻で笑い、
さらに、そのままバケツの水を蹴った。
だが、東條は下を向かなかった。
「上に立つには、まず下を知れ」
そんな教科書的なセリフすら誰も教えてくれない。
だからこそ、彼は黙ってやるしかなかった。
ホストの下積みも、裏社会の下積みも、
要するに“雑用と無視”の連続だ。
しかし、だからこそ燃える。
何かに屈するたび、あの夜の“誓い”が頭をよぎる。
国見は、皿の音が止んだ夜中の厨房でつぶやいた。
「……ここで終わってたまるかよ」
その頃、東條は手の皮がむけた指で雑巾を絞っていた。
「次に床が乾くまでに、俺は上に行く」
連絡を取っているわけではない。
だが、不思議と“同期している”感覚があった。
今、どちらかが倒れてしまえば、もう二度と並べない。
――ホストの下積み、裏社会の下積み。
どちらも、選ばれた者しか生き残れない。
だが二人は、それぞれの“持ち場”で、
必ず成り上がると決めていた。
それがあの夜、コイン一枚で交わした“誓い”だった。
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