閉店三十分前|誰も「今」を生きていない夜 (前編)短編集 第3話

誰にも見られない時間にだけ、人は本音を落とす。

閉店三十分前|誰も「今」を生きていない夜 第3話(前編)

閉店三十分前|音が落ちる時間

音量が一段落ちる。
グラスの触れ合う音だけが、やけに大きく聞こえた。
壁の時計は、閉店三十分前を指している。
この時間になると、店の空気は少し冷える。
まだ終わっていないのに、もう結果だけが残る。


勝った夜ほど自由がない|閉店三十分前

今日の数字は十分だった。
やり切った、と言っていい。
無理に席を回らず、最後の一杯を静かに勧める。
笑顔は自然だ。
だが胸の奥では、別の時計が動いている。
この後、年上の女とホテル。断れない約束。
勝った夜ほど、自由はないと知っている。


負けた夜に開く扉|閉店三十分前

席がない。
壁際で時計ばかりを見る。
今日は何一つ残らなかった。
名前も、数字も、会話も。
そんな時、先輩の客から秘密の誘いが届く。
誰にも言うな、と。
何も分からないまま、扉の前に立たされる夜。


自由に見える女|閉店三十分前

会計後、店の外。
名刺を見つめる。
綺麗に飲んだ。褒められた。
でも本当に欲しかった言葉は、もらっていない。
帰ればスポンサーが待っている。
嫌な手、嫌な息。
この生活を保つために、今日も我慢する。


一番冷静な男|閉店三十分前

無言でグラスを拭く。
誰が勝ったかも、負けたかも知っている。
でも評価はしない。仕事だから。
早く終わらせて帰るだけ。
ただ、この後の闇ポーカーが頭から離れない。
借金は減らない。
一番冷静な顔が、一番追い込まれている。


最後の夜にかけた女|閉店三十分前

鏡の前で女が口紅を直す。
アフターの準備。
次の顔、次の場所。
でも分かっている。
今日もきっと、適当なアフターだ。
抱かれなければ、もう帰る。
秋田に。
この夜が、人生の分かれ目だと知りながら、笑顔を作る。


シャッターが下りる|閉店三十分前

店は終わる。
全員、別々の方向へ歩き出す。
同じ夜にいた事実だけが、もう関係なくなる。

全員が「この後」に期待し、怯え、縛られ、先送りにされている夜だった。
誰も、今を見ていなかった。

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