閉店三十分前、同じ場所にいた五人の、その先。夜は終わらない。

閉店三十分前|夜は終わらない
シャッターが下りる音は、思っていたより軽かった。
あれだけ騒がしかった店が、あっさりと街から切り離される。
夜は終わったわけじゃない。
ただ、形を変えただけだ。
勝者の車寄せ|ホテルの灯り|閉店三十分前
勝ったホストは、タクシーの後部座席でネクタイを緩める。
窓の外には、ホテルの灯りが並んでいる。
約束どおりだ。
今日は勝った。だから断れない。
女は上機嫌で、もう部屋の話をしている。
彼は相槌を打ちながら、別のことを考えていた。
この夜が終わったあと、自分に何が残るのか。
それを考える暇もなく、車はホテルの車寄せに滑り込む。
敗者への招待状|閉店三十分前
負けたホストは、ひとり夜道を歩く。
スマホの画面が、やけに明るい。
先輩の客からのメッセージは短い。
「今から来れる?」
行けば、何かが変わるかもしれない。
行かなければ、今日と同じ明日が続くだけだ。
考える前に、足が動く。
ネオンの切れた路地へ、吸い込まれていく。
戻る場所が決まっている|閉店三十分前
女客は、後部座席で窓に映る自分の顔を見る。
さっきまでの笑顔は、もうない。
名刺はバッグの中にしまったままだ。
連絡することはないと、最初から分かっている。
運転手が何も言わずに走る。
向かう先には、スポンサーが待っている。
嫌な夜だと分かっていても、降りる理由がない。
この生活をやめる勇気は、まだ持てない。
裏方の静かな足音|閉店三十分前
内勤は、裏口から外に出る。
空気が冷たい。
ポケットの中で、指が小刻みに動く。
店では冷静でいられた。
ここから先は違う。
路地の奥にある雑居ビルの灯りを見上げる。
行かなければ借金は減らない。
行けば、また増えるかもしれない。
それでも、足はそちらに向かう。
口紅を拭く決意|始発の方向へ|閉店三十分前
最後の女は、店の近くで立ち止まる。
スマホを見る。
アフターの連絡は、やっぱり来ていない。
分かっていたはずなのに、胸の奥が少しだけ痛む。
駅までの道を考える。
秋田行きの始発の時間も、もう調べてある。
帰れば何もない。
でも、ここに残っても何も変わらない。
口紅を拭き取る。
鏡はもう見ない。
全員が「この後」にいる|今はもうない|閉店三十分前
それぞれが、違う場所へ消えていく。
交わることは、もうない。
同じ店、同じ時間にいたことさえ、意味を持たなくなる。
全員が「この後」に期待し、怯え、縛られ、先送りにされている夜だった。
誰も、今を見ていなかった。
