「指名は嘘をつかない?」第2話

ホスト 指名 現実

ホストにとって指名とは現実世界を測る数字のリアルそのものだ。そう指名という“数字”の現実

「昨日の同伴、またナオヤさんだったね。」控え室で先輩ホストが笑いながら話す声が聞こえた。
新人ホスト・ハルキは、乾いた喉を無理やり潤しながら、昨日の出来事を思い出していた。

入店して数日、しかしまだ席に着いても話を振られることすら少ない。
それでも、同じ空間に立っているだけで、No.1の背中から放たれる空気は違った。
ナオヤは笑っていた。けれど、その笑顔には一分の隙もなかった。
むしろ、それが“完璧すぎて怖い”とさえ感じていた。

「ハルキ、お前昨日“場内”ひとつもなかったよな?」

不意に声をかけてきたのは、No.2ホスト・レンだった。
茶髪で人懐っこい笑顔。空気を和らげるように見えて、その言葉は鋭かった。

「……はい。」

「指名は、嘘つかないからな。」

笑いながらも、レンはハルキの肩を軽く叩くと、やがて自分のグラスを片付けに戻っていった。

その背中に、ほんの少し“同情”のような光があった気がした。
「ま、……気にすんな、最初はみんなそんなもんだ。」

レンの声が、遠くでやさしく響いた。
けれど、それは「慰め」ではなかった。
むしろ、今この瞬間も、彼自身がいわゆる“数字”と戦っている証だと思えた。


指名とはホストの現実-そして売上という名の名札


とはいえ、営業が始まると、空気が変わる。
ホストたちが一斉に表情を変え、シャンパンの音が夜を彩る。


一方でハルキは今日も指名ゼロ。
ナンバーズのシステムでは、場内指名がなければ名刺すら配れない日もある
それが「この世界の常識」だった。

無力感が、背中にのしかかる。
このまま“存在しない誰か”として、夜が終わるのか。
そんな不安に飲まれそうになったその時――

「……売れたいか?」

後ろから低い声がかかった。振り向くとナオヤが立っていた。

「売れたいなら、“笑う”理由を自分でつくれ。つまり、お客のせいにすんなってこと。環境のせいにもするな。」

それだけ言って、ナオヤは振り返らずにフロアへと歩いていった。

その姿勢も声も、怒鳴っているわけではなかった。
だが、静かなその言葉には、売れている者だけが持つ正当な自信があった。
売れた者しか語れない“現実”があった。

ハルキは思った。
あの人は“遠い存在”じゃない。
むしろ、届くかもしれないからこそ、怖い。


そして彼の背中が、目標として輪郭を帯び始めた。
それは数字の羅列では測れない、たった一つの“言葉”だった。


さらに、他の連載を1話から読む

上部へスクロール