
ホストにとって指名とは現実世界を測る数字のリアルそのものだ。そう指名という“数字”の現実
「昨日の同伴、またナオヤさんだったね。」控え室で先輩ホストが笑いながら話す声が聞こえた。
新人ホスト・ハルキは、乾いた喉を無理やり潤しながら、昨日の出来事を思い出していた。
入店して数日、しかしまだ席に着いても話を振られることすら少ない。
それでも、同じ空間に立っているだけで、No.1の背中から放たれる空気は違った。
ナオヤは笑っていた。けれど、その笑顔には一分の隙もなかった。
むしろ、それが“完璧すぎて怖い”とさえ感じていた。
「ハルキ、お前昨日“場内”ひとつもなかったよな?」
不意に声をかけてきたのは、No.2ホスト・レンだった。
茶髪で人懐っこい笑顔。空気を和らげるように見えて、その言葉は鋭かった。
「……はい。」
「指名は、嘘つかないからな。」
笑いながらも、レンはハルキの肩を軽く叩くと、やがて自分のグラスを片付けに戻っていった。
その背中に、ほんの少し“同情”のような光があった気がした。
「ま、……気にすんな、最初はみんなそんなもんだ。」
レンの声が、遠くでやさしく響いた。
けれど、それは「慰め」ではなかった。
むしろ、今この瞬間も、彼自身がいわゆる“数字”と戦っている証だと思えた。
指名とはホストの現実-そして売上という名の名札
とはいえ、営業が始まると、空気が変わる。
ホストたちが一斉に表情を変え、シャンパンの音が夜を彩る。
一方でハルキは今日も指名ゼロ。
ナンバーズのシステムでは、場内指名がなければ名刺すら配れない日もある。
それが「この世界の常識」だった。
無力感が、背中にのしかかる。
このまま“存在しない誰か”として、夜が終わるのか。
そんな不安に飲まれそうになったその時――
「……売れたいか?」
後ろから低い声がかかった。振り向くとナオヤが立っていた。
「売れたいなら、“笑う”理由を自分でつくれ。つまり、お客のせいにすんなってこと。環境のせいにもするな。」
それだけ言って、ナオヤは振り返らずにフロアへと歩いていった。
その姿勢も声も、怒鳴っているわけではなかった。
だが、静かなその言葉には、売れている者だけが持つ正当な自信があった。
売れた者しか語れない“現実”があった。
ハルキは思った。
あの人は“遠い存在”じゃない。
むしろ、届くかもしれないからこそ、怖い。
そして彼の背中が、目標として輪郭を帯び始めた。
それは数字の羅列では測れない、たった一つの“言葉”だった。
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