
初めての指名、そして“推し”ホストになる瞬間
「今日、龍斗くん……指名入ってるよ」
出勤してすぐ、スタッフがそう告げた瞬間、空気が変わった。
一瞬、耳を疑った。しかし、名刺の束から確かに一枚――見覚えのある女性の名前があったのだ。
彼女は、数日前に他のホストの席へヘルプで呼ばれた際、ほんの少しだけ会話を交わした客だった。
だが、あの短い時間が、思いがけず何かのきっかけになったのかもしれない。
「お前、指名入ったんだってな」
そう言って、カズが軽く背中を叩いてくる。
「まあ、たまたまだろ」と笑いながらも、その目には、どこか優しさが宿っていた。
指名の緊張と、“推し”になる手応え
テーブルに着いた瞬間、緊張で手が汗ばんでいた。
「覚えててくれたんですね」――そう声をかけると、彼女は笑った。
「うん、なんかね……一生懸命だったの、伝わってきたから」
その一言で、緊張は少し和らいだ。
名前を覚えてくれていたこと、それが“選ばれる”ことの意味だと初めて知った。
会話のテンポ、飲み物の出し方、笑いのタイミング――
どれもぎこちなかったが、彼女は終始笑顔だった。
「なんかさ、あなたって……“推せる”って思ったの」
その言葉は、心の奥にまっすぐ届いた。
「推し」――それは、ただの好意じゃない。信じる力だ。
「初めての指名、そして“推し”になる瞬間」──昇太と交わす“おめでとう”の意味
その日、帰り道。昇太がぽつりとつぶやいた。
「……おめでとう、龍斗」
短い言葉だった。しかし、それだけで十分だった。
ふたりで始めたこの道で、ようやく小さな“実感”がつかめた気がしたのだ。
「でも、ここからだよな」
龍斗もうなずきながら、静かに答えた。
「うん。たった一人の指名だけど……それでも、その一人に応えるってことが、たぶん全部なんだと思う」
ほんの少しの“変化”が、明日を変えていく
次の日から、龍斗の目には、ほんの少しだけだが確かな自信が宿っていた。
もちろん、昇太もそれに気づいていた。だからこそ、自分も後に続こうと心に決めたのだった。
実際、誰かに“推される”というのは、ただ嬉しいだけではない。
むしろ、それは責任であり、希望でもあり、さらに明日への覚悟でもある。
こうして、ホストとしての“初めて”が――
ようやく兄弟の夜に、小さな光を確かに灯したのだった。
